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子供たちを祝福するイエス
- 播磨聡師
- 5月17日
- 読了時間: 2分
マタイによる福音書19章13-15

社会では、「あなたは大切だ」と肯定されるより、「あなたの代わりはどこにでも居る」と評価されやすい厳しい世界です。その中で私たちは、何が本当に大切なのか見失いがちです。
イエス様に触れていただくために子供を連れてきた人々を、弟子たちは叱りつけます。しかしイエス様は、「子供たちを来させなさい」と言われ、彼らを祝福しました。イエス様を大切に思うが故に煩わせまいとした弟子たちの気持ちは私達にもよくわかります。しかし、その弟子たちに共感を覚える私達にも、イエス様はそれは違うと言われます。何が大事で、何が大事でないのか、見分けられていない、そう憤られていると思ったほうがいいでしょう。
子供とは、自分一人では生きられず、誰かに支えられなければならない存在です。弟子たちが子供たちを遠ざけたのは、そのような存在のために時間を割くべきではないという「効率」や「排除」の理論によるものでした。現代社会もまた、強く有能で自立した人間を理想とし、依存することを恥とします。その理論は私たち自身の内側にも深く根を張っています。しかし天の国とは、強いもの、有能な者、自立した者が入る国ではありません。徹底して神に依存し、神に信頼する者のものなのです。弱さこそが、神の国の扉を開く鍵です。
広島教会 播磨聡牧師
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