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御言葉に信頼して歩む
イザヤ書 40章1-11節 草は枯れ、花はしぼむがわたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。 あなたが一番頼りにしているものは何でしょう。会社や学校、能力や持ち物、自分自身や他者とのつながりかもしれません。しかし、残念ながら頼りにしていたものが崩されてしまうこともあります。災害や事故や倒産などによって、日常が一変してしまうことがあるのです。急激な変化がなかったとしても、時代の流れの中で、信頼が失われてしまうことも多々あります。それでは、本当に信頼できるものはどこにあるのでしょうか。 聖書は、人の繁栄を草花に例えながら、やがて枯れてしまうと語ります。だからこそ、語られる声に耳を傾け、永久に続く存在に目を留めよと指し示します。その方は罪と死の支配に囚われていた私たちを、代価を支払ってご自分のものとしてくださいました。死で終わらない、命の約束を与えてくださったのです。それだけでなく、恐れと不安に脅える民を養い、懐に抱き上げて、守り導いてくださるのです。私たちには先を見通す力はありません。それでも信頼に足るお方の約束が、私たちを主の平安で包み込んでくださ

杉本拓哉牧師
3月29日読了時間: 2分


切り株から希望の芽
イザヤ書 11章1-10節 エッサイの株からひとつの芽が萌えいで その根からひとつの若枝が育ち その上に主の霊がとどまる。 枯れた草花や、切株を見れば、終わりを感じて諦めてしまいがちです。人生においても、努力が実らなかったこと、大切な人とすれ違ってしまったこと、勉強しても身につかなかった科目、諦めて断ち切った過去が思い当たるのではないでしょうか。それでも自然界において、枯れ果てたように見える切り株からも、小さな芽が生えることがあります。私たちの人生においても、終わったと思えるような所から、予期せぬ始まりが待っていることもあるのでしょう。 イスラエルの国は当時、他国の支配下にあり、強力な軍事力によって滅ぼされる日が近づいていました。祈っても状況は変わらず、行き詰まりの中に彼らは立たされていたのです。頼りにしていたものは断たれ、希望が途切れたかのように見えましたが、神はそこからでも新しい命の芽を起こされるのです。救い主は弱い立場に置かれた人に寄り添い、か細い声に耳を傾け、不当な目に遭って隠されていた痛みにも目を留めます。そしてこの地に正義と公平を

杉本拓哉牧師
2025年12月7日読了時間: 2分

