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この最後の者にも
- 播磨聡師
- 5 日前
- 読了時間: 1分
更新日:3 日前
マタイによる福音書20:1-16

これを、愛と憐れみに満ちた神の姿に思えますか。それとも、労働への対価として不公平な神様だと感じるでしょうか。人間の目で見れば、一時間働いた者と一日働いた者が同じ賃金なのは不公平で、経営者として愚かに見えるかもしれません。しかし、神様の思いはそこにありません。最後まで残されていた者にまで目を向け、今日を生きられるようにしたい、その一人の命を大切にしたいという、理屈を超えた熱情が込められています。報酬ではなく、神の「恵み(恩寵)」の物語なのです。
信仰とは、自分を「朝から働いた功労者」ではなく、誰にも顧みられなかった「最後の一人」であると自覚することから始まります。そして、「この私も見捨てられなかった」という驚きと感謝に生かされるとき、私たちは他者を裁く者から恵みを分かち合う者へと変えられていきます。
広島教会 播磨聡牧師
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