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神にはできる
- 播磨聡師
- 3 日前
- 読了時間: 1分
マタイによる福音書19章23-26

「永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」と尋ねた金持ちの青年に対して、、イエス様は「掟を守りなさい」と語られ、さらに「持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そして、私に従いなさい」と言われました。しかし青年はこの言葉を聞くと、悲しみながら立ち去りました。たくさんの財産を持っていたからです。
ある人は、この対応は、カウンセリングの面接としては失敗だったといいます。苦悩しながら相談に来た人を突き放す言葉だったからでしょう。しかし、本当にイエス様は彼を突き放したのでしょうか。永遠の命、神の救いの業は、人間の努力によって手に入れられるものではありません。「私にはできません」という告白こそ神の憐れみと許しを必要とする信仰への出発点です。イエス様は彼をただ突き放したのではなく、信仰の原点に立つように促したと私には思えるのです。
経済的に豊かになると、自分への過信が生まれるのでしょう。しかし、永遠の命、神の救い、本当の安心、安全は、お金や自分の努力で得られるものではありません。自分にはできない、その限界の中で神に憐れみを乞うていく時に、初めて神からの約束が私たちに与えられるのです。
広島教会 播磨聡牧師
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