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神を畏れ敬いますように
更新日:7月27日
詩編67編1-8節

詩編六七編は、「神がわたしたちを憐れみ、祝福してくださいますように」という素朴な願いから始まります。ところが視界は広がり、「御救いをすべての民が知るために」と、自分たちのための祝福が、「すべての民」へと大胆に開かれていきます。そして、「すべての民が、こぞって、あなたに感謝をささげますように」という祈りが、繰り返されるのです。地上のすべての民のために純粋に執り成す祈りへと私たちを招いています。
しかし「すべての民のために祈る」ことは、口で言うほど簡単ではありません。私たちの内にある自己防衛の思いが行き過ぎるとき、私たちは自分を守るために他者を退け、自分を正しいとするために他者を裁き、排除するものになってしまう。自分を優先して相手を否定してしまう自己中心性という「罪」の現実を私たちは抱えているのです。
現代の私たちは「自分の人生は自分で切り開く」という価値観に囲まれ、いつの間にか「自分こそが人生の主であり、自分が小さな神になる」という根源的な罪の姿に陥ってはないでしょうか。しかし愛と憐れみに富む神にすべてをゆだねるとき、私たちは他者を裁いて自分の正しさを証明する必要から解放されます。そこからすべての民のための祈りが静かに、力強く始まっていきます。
広島教会 播磨聡牧師
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