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新しいことが始まった
マタイ 28:1-10 花材/木瓜・百合 イースター、おめでとうございます。主イエスは、復活なされました。 この日、ガリラヤから従ってきた女性たちは、イエスの亡骸に香油を塗るために、墓へ向かって行きました。既に、イエスが殺されたことは、厳然たる事実となっていました。彼女たちは、悲しみと嘆き、不安を抱えながら、今できる精一杯のことをするために墓へ向かったのです。 「死」、それは人間の無力さ、はかなさを感じる瞬間です。死の現実に直面し、人は言葉を失い、すべてが虚しく、諦めなければならないように感じてしまいます。ましてやイエスのように処刑による死は受け入れ難いものです。 しかし、墓に到着した女性たちを驚かせる出来事が起こりました。大きな地震が起こり、天使が天から降ってきて、墓の入り口の大きな石をわきへ転がし、その上に座ったのです。そして、天使は言いました。5 節「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ」。死んだ人が復活した。有り得ないことです。女
播磨聡師
4月12日読了時間: 3分


ネット時代における教会・教会間の交わり
マタイによる福音書 18章15-20節 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。 花材/ 梅・薔薇・セイヨウシダ 現代はSNSやオンライン礼拝など、距離や時間を越えて人とつながる手段が豊かに与えられ、ネットは必要不可欠な道具となりましたが、教会の交わりは、やはり対面で顔を合わせ、祈り、心を通わせるリアルの関係という土台の上にあります。マタイ18章の「二人または三人がわたしの名によって集まるところに、わたしもいる」との約束は、小さな群れにとって大きな慰めです。牧師不在は不安や戸惑いを感じることがあると思いますが、教会員の皆さま一人ひとりが「この教会を形づくる主体である」ということに目覚める貴い機会でもあります。教会員同士の対話はますます重要となり、ネットという有益な道具を活用しつつ、実際に会って交わるリアルの絆も大切にしましょう。同時に他教会ともネットや時に行き来など工夫をして繋がり、一教会で問題を抱え込むことなく、共に歩んでまいりましょう。連合テーマとして「みんな、仲良く、楽しく、そして喜んで」と掲げて
特別礼拝
2月15日読了時間: 2分


祈りを合わせる群れに
マタイによる福音書 18章15-20節 あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。 ポインセチア 人と人とが共に生きていれば、思いがぶつかり、心がすれ違い、関係がぎくしゃくしてしまうこともあります。分かってほしかった言葉が届かず、守りたかった関係を傷つけてしまうこともあるでしょう。家族や友人であっても、価値観の違いや誤解によって、距離が生まれ、孤独を抱えることがあります。 教会は清廉潔白な人だけが集まる場所ではありません。むしろ、神様の赦しを必要とする者たちの集いです。聖書が「罪」と呼ぶものは、神と人を、人と人を引き離していく力です。私たちは問題を一人で抱え込み、解決どころか行き詰まってしまうこともよくあります。 イエス・キリストは、壊れかけた関係に希望を灯し、孤独の只中に入って寄り添ってくださるお方です。プライドが邪魔して謝れなかった言葉も、赦せない心も、和解への小さなプロセスも、主は共に担ってくださいます。そして自分では祈れないという時、共に祈り、執り成してくれる存在がどれほど助けにな

杉本拓哉牧師
1月11日読了時間: 2分