Ⅰコリント6:12-20
あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから自分の体で神の栄光を表しなさい。 (19~20)

アメリカの大統領選挙はひとまずの決着がつきました。しかし、今なお両陣営の分断が続いております。私たちも先日、就任按手式記念品を4種類のデザインから投票によって決めようとしましたが、票が割れて過半数を超えるものはありませんでした。そこで、A案とB案を混ぜたE案、C案とD案を混ぜたF案、二種類を作成することに決まりました。私たちは一票の内に、思いを込め、祈りを込め、応援し、委ねていきます。広島での選挙、教会での総会、学校での生徒会選出、それぞれの場面で一票をもって主体的に関わっています。そこには選び取る自由があり、お互いに決められたことを守っていく責任があります。
自由があるところに責任もある。イエス様が私たちを罪から解放し、自由にしました。だからこそ私たちは、再び罪の支配下に陥らないようにする責任があるのです。あなたの体は、もはやあなただけの体ではなく、イエス・キリストの体の一部分だからです。さらに、あなたの体は聖霊が住まう神殿であると聖書は宣言します。モーセの幕屋、ソロモンの神殿と同様に、今あなたの体が神殿であり、神様の栄光を現す器なのです。あなたを通して人々は神様に出会っていく。だからこそ私たちは、神様を証していきましょう。一人一人の体を通して神様の栄光が現れていくことを祈りつつ。
ヘブライ人への手紙9:1-20
キリストは、既に実現している恵みの大祭司としてお出でになったのですから、
人間の手で造られたのではない。

聖書には『贖い(あがない)』という言葉が出てきます。あまり聞いたことのない単語かもしれません。この贖いという言葉は、原語から調べると三つの意味をもっていることが分かります。
一つ目は、罪を覆うこと…傷口を絆創膏で覆い、罪に対して応急処置をするイメージです。二つ目は、身代金の支払い…誘拐された人を取り戻すこと。三つ目は、家族としての振る舞い…家族が借金をして、土地が差し押さえられたり、奴隷となったりしたならば、それらを買い戻す行為を意味します。
十戒の石板が納められた契約の箱。箱の蓋は、『贖いの蓋・恵みの座』と名付けられていました。エルサレムの民の中で、一人しかいない大祭司が、一年に一度の『大贖罪日』に、雄牛と山羊の血を贖いの蓋に振りかけます。「生き物の命は血の中にある…血はその中の命によって贖いをする」(レビ記)それが罪の贖いのための儀式だからです。
この文脈の中で、イエス・キリストが分かち合われます。ただ一度十字架で流された血によって、私たちは罪から清められ、罪の奴隷から買い戻された。イエス・キリストこそが、神と人とを繋ぐ大祭司であると、聖書は語ります。イエス・キリストは今日も、あなたのために私のために血を流されているのです。イエス・キリストのいのちに与り、生かされてまいりましょう。
- 杉本拓哉牧師

- 2020年11月1日
- 読了時間: 2分
ハガイ2:1-9
万軍の主は言われる。わたしがお前たちと結んだ契約がある。わたしの霊はお前たちの中にとどまっている。恐れてはならない。まことに、万軍の主はこう言われる。(5節)
この場所にわたしは平和を与える。(9節)

大切な物が無くなるのは、とても悲しい出来事です。先日行われた、日本バプテスト連盟の臨時総会にて、天城山荘という宿泊施設の経営権移譲を検討していることが話し合われました。私にとって、バプテスマの決心や、牧師への献身のきっかけとなった思い出の場所です。それでも、何が一番大切なのか。何を第一とするのか。建物よりも、神様を大事に考えていきたいのです。
ソロモンの建てた神殿は、バビロニア帝国により壊されてしまいました。今まで礼拝のために用いてきた祭具も無くなりました。イスラエルの民がバビロン捕囚にて帰還したとき、神殿は廃墟となっていたのです。苦しい時、辛い時、私たちは「何を第一にしているのか」と、本質を問われます。
頼りにするものは何も無いと、気落ちしているイスラエルの民に、神様は「勇気を出しなさい」と、語り掛けます。そして勇気を持てない、私たちの様々な理由に対して、ことごとく反論していきます。私たちが大切にしていた神様との約束、十戒の石板が無くなっても、神様ご自身が契約を保持していると語ります。だから、勇気を出しなさい。私たちの目の前に何も無いように思えても、主の約束に目を注いでいきましょう。今日も万軍の主があなたと共におられるのですから。