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Q.パンはパンでも…?
- 杉本拓哉牧師
- 2020年8月2日
- 読了時間: 2分
更新日:2024年11月24日
ヨハネによる福音書6:26-40
イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。
また魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。

パンはパンでも〇〇〇なパンは、なーんだ?例えばその答えは、フライパンや、シャンパン、ジャパン、パンデミック、等が考えられます。
当時も今も、イスラエルでの主食はパンです。5000家族の食卓をイエス様は用意されました。イエス様が食事を用意してくれるならば、毎食準備しなくていい、働かなくていい、と考えた人々はイエス様を求めました。イエス様以外を求めることは、偶像を求めることになるのです。奇跡もまた、偶像になり得るのです。出来るか出来ないか、行動や結果に囚われてはいないでしょうか。私たちは、存在の価値をどれだけ見出しているでしょうか。
イエス様は、いのちに目を注ぎます。自らを「いのちのパン」と呼び、アンパンマンのように自らを献げてゆくのです。「いのちのパン」は、食べる人の身体を支え、心に栄養をつけさせ、社会的な交わりがあたえられ、更にこの地上のいのちに留まらない、永遠のいのちの糧です。イエス様ご自身を求めてまいりましょう。
「いのちのパン」は尽きることがありません。今週一週間、食卓の喜びに満ち溢れ、平安を味わい、イエス・キリストのいのちに生かされてまいりましょう。