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復活の朝

イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。
ヨハネによる福音書 20 章 1-18 節



百合の花
百合の花

 大切な人を葬ったお墓が、知らない内に空っぽになっていたらどうなさるでしょう。おそらく心の中は混乱と嘆きと怒りが渦巻きながら、急いで家族や警察に知らせるのではないでしょうか。マリアもまた墓が空になっていることに気付き、弟子たちの所に走っていって知らせました。弟子たちが墓を調べてみると、遺体を包んでいた亜麻布だけが不自然にも残されていました。もしも墓荒らしの仕業ならば、布を解く必要もなければ、証拠を残すこともありません。弟子たちは一通り調べて帰りましたが、マリアは墓で泣き続けていました。

 その場所にイエスは来られますが、マリアはイエスだと気付きません。なぜなら暗闇の墓の中で死んでいるイエスを求めているので、朝日に照らされ生きておられるイエスは意識の外にあるからです。それは私たちの常識でもあるでしょう。イエスは「マリア」と名前を呼びます。呼びかけに応えて 180 度向きを変える中で、復活のイエスとの出会いが与えられました。それは闇から光への道しるべとなり、死から命への方向転換となるのです。そして今度は喜びの知らせを伝えるため、マリアは弟子たちの所へと送り出されていきました。



音声メッセージ

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