あなたはわたしを何者だと言うのか。杉本拓哉牧師2021年9月5日読了時間: 2分更新日:2024年11月20日マタイによる福音書 10章40-42節、 11章1節 この小な者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報い受ける。 花材 ツルニチニチソウ 白百合 暦の上では秋ですが、まだまだ暑い日が続いております。熱中症などお気をつけて水分補給を心掛けてください。どうぞみなさん、心身共にご自愛下さい。 当時のイスラエルも夏場は乾季のため、日差しが大変だったことでしょう。弟子たちは、イエスに励まされつつ派遣され、町から町へと旅していきました。受け入れられる事もあれば、拒絶される事もあります。太陽が照りつける中、長時間歩いて来た弟子たちです。 「おつかれさま」と労われ、冷たい水をコップ一杯いただけたなら、どれほどの喜びとなったことでしょうか。心も体も生き返ったことでしょう。聖書は語ります。「イエスの弟子という理由で、小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」なんという祝福の言葉でしょうか。 イエスの弟子をサポートするならば、同等の報酬を受けるようになると約束されています。 その小さな者とは、イエスの弟子であり、イエス自身であり、全ての小さき者に連帯する神様です。小さな出来事にも関わらず、それは神様の必要を満たし、神様と共に働く行為となり、神様の御業となる。この働きに私たちは招かれているのです。