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恐怖も神の祝福を止められない
- 播磨聡師
- 8月16日
- 読了時間: 2分
更新日:8月20日
出エジプト記一章一―一四節

出エジプト記は、族長たちの名前を一つ一つ数え上げることから始まります。ヤコブと共にエジプトに下ったのは全部で七〇人。たった七〇人の一つの家族でした。ところが七節には、「イスラエルの人々は子を産み、おびただしく数を増やし、ますます強くなって国中に溢れた」と記されている。これは創世記一章の祝福の言葉そのままの響きです。長い年月の中で、神の祝福は静かに、しかし確実に働き続けていました。
一方で、ヨセフのことを知らない新しい王が立てられました。彼は、エジプトを飢餓から救ったヨセフの歴史を忘れ、増え広がるイスラエルの民を恐れ、何もしていないにもかかわらず、労役によって彼らを弾圧し、支配しようとしたのです。王はこう言いました。「一度戦争が起これば、敵側について我々と戦い、この国を取るかもしれない」。王が語っているのは、起こる保証などない未来の想像なのです。相手を人間として想像することをやめる時、人はどれほど残酷なこともできてしまいます。
けれども私は、この王を遠い昔の暴君として批判して終わることができません。恐怖が人を狂わせるーこれは、私の話なのです。恐怖に駆られた者は、自分の力で止まることができません。しかし、王の恐怖も、その恐怖から出た暴力も、神の祝福を止めることはできませんでした。人間の罪の中で、神の救いの御計画は進められていくのです。
広島教会 播磨聡牧師
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