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神殿税(命の代償)は支払われた
マタイによる福音書17章24-27節

今日の聖書箇所には、イエスさまが二度目の受難予告を語られた直後に、神殿税をめぐる出来事が記されています。受難予告の直後というタイミングは、この後の対話が単なる「納税の是非」という議論ではないことを教えています。イエス様が神殿税について語られる言葉の端々には、これからご自身が支払おうとしている「究極の代価」への思いが込められています。主は静かに、しかし力強く、神の子としての自由と、その自由をあえて愛のために制限する決意を示されるのです。
神殿税は、出エジプト記に定められた「命の代償」であると記されています。これは神殿の維持費ではなく、自分が神によって裁かれる罪を抱えていること、そのために代償が必要であるという意味が込められています。しかし、神の子であるイエスさまにはその代価を支払う必要はありません。にもかかわらず代償を支払わなければ滅びるしかない「僕(しもべ)」の列に、自ら並んでくださったのです。出エジプト記が記す「命の代償」という考えを無視するのではなく、引き受けることで、律法の真の意図である「命の救い」を成就しようとされたのです。
「神殿税は支払われた」。この宣言は、私たちの絶望を希望へと変えます。主の恵みは、今、あなたと共にあります。
広島教会 播磨聡牧師
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