ローマの信徒への手紙1章18-32節
不義によって真理の働きを妨げる人間のあらゆる不信心と不義に対して、神は天から怒りを現されます。

罪という言葉を耳にする時、法律に照らした刑罰をイメージするのではないでしょうか。罰金刑か懲役刑か犯した罪の内容によって罰則が定められ、最も重い刑罰が死刑です。しかし神の定めは、私たちの想定以上かもしれません。
貪欲さ、他者を害しようとする心、陰口、嫉妬、侮りや高慢、親に逆らうこと、神を憎むこと、不誠実、無慈悲など、このようなことを行う者は死に値すると言われます。神の義に照らした時、罪を犯したことの無い人など居ないのです。これを不義といいます。聖書は正しい人は一人もいない、誰しも罪人であることを、私たちに教えます。罪の自覚が、神の赦しを求める第一歩となるからです。しかし私たちの心は、なかなか神に向かいません。自分の正しさに固執したり、神以外の様々なものに信頼を寄せたりします。不信心が根深く存在しているからです。
神は人々の不信心と不義に対して怒りを現します。神から人を引き離そうとする、罪に対して怒るのです。イエス・キリストは私たちの罪を身に受けて、十字架に引き渡されました。しかもそれで終わりではなく、神の義を成し遂げられた救い主は、十字架の死を越えた復活の命へと、私たちを招いてくださっているのです。
音声メッセージ
ローマの信徒への手紙1章8-17節
福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力です。

宗教改革者の一人にマルティン・ルターがいます。彼は熱心に修道生活をおくり、祈りをささげ、聖書を読みましたが、心の平安を得ることはできませんでした。罪を犯さないように努力し、慈善活動を行っても、神の前に正しい人間ではないことを自覚していたのです。神の裁きを恐れ、不安と苦しみの中に生きていました。しかしある時ローマ書を通して、光に照らされたように新しい理解が与えられたのです。神の義は、死から復活されたイエス・キリストに啓示されていることを知りました。罪は既にイエスによって裁かれ、命が与えられているのです。この神の真実が、人々を救いへと導く信仰に至らせます。恵みと憐みに満ちた神は、「正しい者は信仰によって生きる」と聖書に記されているように、信仰によって私を義としてくださった。ルターはこの時を振り返り、新たに生まれ、天国に入れられたようだったと述べています。
貴族が身分にふさわしい義務を負うように、神から恵みを与えられた者は、福音を宣べ伝える責任があります。神はあなたを信頼して、隣人と分かち合うようにと喜びの知らせを託されました。福音の力はダイナマイトのように頑なになった私たちの心の壁を打ち砕いてくださるのです。
音声メッセージ
ローマの信徒への手紙1章1-7節
キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから…神に愛され、召されて聖なる者となったローマの人たち一同へ。

メールやラインが身近になり、手紙の機会は減少しましたが、直筆に込められる温かさがあります。二千年前のイスラエルにおいて、手紙は羊皮紙に書かれ手渡しで配達されたので、今よりもっと貴重なものでした。自ずと文字にも想いが込められます。パウロは世界宣教の要所となる、ローマの信徒との交流を求め、信仰を証して、三つの観点から自己紹介の挨拶をします。
①私はキリスト・イエスの奴隷です。衝撃的な表現ですが、私たちも自身を支配している価値観があります。お金や権力、欲求や感情に従うならば、自分の主人としていると言えるでしょう。律法の奴隷であったパウロは、救い主により解放され、主に仕えることを選び取りました。②神の福音のために選び出された。パウロの選択は大切です。それと同時に、神様は目的のために人を選び用いられるのです。世界中の人々にキリスト・イエスの福音を宣べ伝えるため、パウロは選び出されたのでした。③召されて使徒となった。奴隷の身分であるにも関わらず、主は神の国の大使として、ご自身の代理人として、パウロを遣わします。全てのキリスト者もまた、救い主を自らの主人であると告白し、神の福音のために選び出され、恵みを受けて、それぞれの場所へと派遣されていくのです。
音声メッセージ