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執筆者の写真杉本拓哉牧師
使徒言行録 23 章 12-35 節
この陰謀をパウロの姉妹の子が聞き込み、兵営の中に入って来て、パウロに知らせた。

アマリリス・南天・紫陽花
アマリリス・南天・紫陽花
 バタフライ効果とは、蝶の羽ばたき程の僅かな事が遠く離れた地点において大きな気象の変化を引き起こすという理論であり、小さな出来事が最終的に予想もしていなかった事柄に影響することの比喩表現です。私たちの人生においても同じ事が言えるかもしれません。小さな親切が巡り巡って商談に繋がることもあり、不用意にこぼれ出た一言が、伝言ゲームのように届いた先で不和を生み出すこともあるでしょう。
 一人の若者がパウロの殺害計画を耳にしました。彼はパウロの甥でしたので、何とかその計画が頓挫するように、知恵と勇気を振り絞り、ローマ兵の管理下にあるパウロを訪れたのです。パウロはこの計画を千人隊長に伝えるように頼みます。千人隊長はこの若者の言葉に耳を傾け命懸けの情報であることを認め、迅速な対応によってパウロの命を守り、上司の元に護送していったのです。一目で分かるような神様の奇跡ではありません。人間の妬みや、親愛や、功名心も背後には渦巻いていました。それでも、人の思いを越えた神様の計画があります。若者の勇気も権力者の傾聴も、パウロがローマで福音を宣べ伝えるという使命に繋がっています。「主の山に備えあり」私たちも勇気と知恵をいただいて、一歩ずつ進んでまいりましょう。

音声メッセージ

執筆者の写真杉本拓哉牧師
コリントの信徒への手紙二 4 章 1-18 節
主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。


紫陽花
紫陽花

 死と生についての考え方を死生観と言います。死んだらどうなるのか思いを巡らすことは、今どのように生きるのかという意識に繋がります。キリスト教における死生観は、生は神から与えられるものであり、死もまた神がその人を召し上げることであると考えます。主なる神が命の主権者であるからこそ、たとえ死が迫ってきても信頼し続けることが許されるのです。そのことがはっきりと人間に知らされたのがキリストの復活の出来事であると、クリスチャンは信じています。人々の罪を担い死なれた方が復活なされたからこそ、私たちもまた死を越えた命に生かされる希望が与えられているのです。

 この驚くべき喜びの知らせを、人々を用いて伝えようと神は計画なされました。そのために語るべき言葉、立ち上がる勇気、必要なもの全ては聖霊なる神様によって備えられていったのです。人間という簡単に壊れてしまうような土の器に、宝物なる神の栄光の光は届けられました。内側にある輝きは、外側までも照らしていきます。それは神の霊の働きであり、神によって与えられる新しい命の光となるのです。この神を褒め称えるため、栄光の源である方へ、礼拝は捧げられてきたのです。


音声メッセージ

使徒言行録 23 章 1-11 節
その夜、主はパウロのそばに立って言われた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」

フトイ・小エビ草・カーネーション・ナルコユリ・ギボウシ
フトイ・小エビ草・カーネーション・ナルコユリ・ギボウシ

 自分がひそかに抱えている本心を、打ち明けるには勇気が必要です。一推しのアイドル・多くの時間を注いだ趣味・育んでいる夢・病気・好みなど、告白することをカミングアウトと言います。もしも本心を伝えるならば、今までとは関係性が変わってしまうのではないか、白い眼で見られ嫌われてしまうかもしれない、恐れや不安が湧いてきます。少数派の思いは簡単に踏みにじられてしまうことがあるからです。現代においてもキリスト者と知られれば、迫害されてしまう家庭や地域や国家も存在します。

 パウロは元々律法に熱心なユダヤ教徒であり、キリスト者を迫害していました。しかしイエスとの出会いによって変えられ、諸外国への宣教という使命が与えられ出かけて行きます。それは自分の力ではなく聖霊なる神の力による旅路でした。様々な経験を重ねたパウロに、古巣であるエルサレムにて福音を分かち合う機会が与えられます。精一杯パウロは言葉を尽くして証したのですが、聞いた相手は怒り狂い、思いは届けられません。おそらく彼は悲しみ落ち込んだことでしょう。それでもイエス様はパウロの傍に立ち、力強い証だったことを認め、勇気を持って宣べ伝えるように励まし、次なる場所へと派遣されていったのです。


音声メッセージ

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