- 杉本拓哉牧師

- 2025年9月7日
- 読了時間: 1分
申命記 34章4-11節
主はモーセに言われた。「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがそれを自分の目で見るようにした。あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない。」

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、働きたいけれども休み、しゃべりたいけれども黙り、失望しそうなときに希望し、従順に、平静に、おのれの十字架をになう。
若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見ても、ねたまず、人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、弱って、もはや人のために役だたずとも、親切で柔和であること。
老いの重荷は神の賜物。
古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために。おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、真にえらい仕事。こうして何もできなくなれば、それを謙遜に承諾するのだ。
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ。手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために。
すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と。
- 特別礼拝
- 2025年8月31日
- 読了時間: 2分
ローマの信徒への手紙5章6-11節
わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。

説教題である、「引き裂かれたものをつなぐ務め」は、教会の務め、キリスト者の使命です。ローマ書三章で、パウロは人間には「正しい者はいない」と断言します。しかし、同時にキリストの贖いの業を通して、救いが開かれたことも語ります。五章では、このキリストの贖いの業とは十字架の死のことであって、弱い者のため、不信心な者のため、罪人のため、敵のためであったと語られています。ここに福音の真髄が言い抜かれています。福音とは、神と敵対関係にあり、神と引き裂かれていた人間が、十字架によって神とつなぎ合わされたことにあります。だから、キリスト者の使命も、引き裂かれたものをつなぐ務めを果たすことです。引き裂かれたものをつなぐ務めには、十字架(苦難)があります。十字架の道は孤独で苦しくて誰からも評価されず、理解されないものです。それでも、キリストが十字架に架かられたのだから、その道を私たちも歩んでいくのです。引き裂かれたものをつなぐ務めを果たすキリスト者がおられます。決定的に世界が変わることを信じ、引き裂かれたものをつなぐ務めに仕えてまいりましょう。
広島キリスト教会 播磨 聡 師
音声メッセージ
- 杉本拓哉牧師

- 2025年8月24日
- 読了時間: 2分
ローマの信徒への手紙16章1-27節
わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にあるように。

パウロはまだローマに行くことができないため、信頼する女性に手紙を託しました。そして自分の代わりに「よろしく」を伝えてほしいと願います。私たちも直接会えないときに、「どうぞよろしく伝えてください」と頼むことがあります。その言葉は、たとえ遠く離れていても、人と人とを繋ぐ架け橋になります。パウロの「よろしく」には、ヘブライ語の「シャローム」の響きがあったでしょう。「主の力と命に満ち、溢れんばかりの祝福の中、主の平安がありますように」と祈りが込められた挨拶です。
聖書は、神と人とを結ぶ働きを祭司と呼びます。イエス・キリストは、十字架において私たちの罪を代わりに担い、神と人を結び合わせる大祭司となられました。そして今、キリストを信じる者たちに聖霊を注ぎ、祭司としての働きを託すのです。それは、主の愛を隣人に紹介し、繋ぎ合わせる働きと言えるでしょう。こうして全ての人を救いへと導く、憐み豊かな主の計画が明らかにされていきました。主は今日も、私たち一人ひとりに「よろしく」と語りかけておられます。神の愛と祝福を受け取りましょう。そしてこの喜びの知らせを自分だけのものとせず、今度は隣人へと平和の挨拶を届けていくことができますように。
音声メッセージ