- 杉本拓哉牧師

- 2025年8月17日
- 読了時間: 2分
ローマの信徒への手紙15章14-33節
キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。

遠くに旅行してきた時や、大切な人と再会する際、お土産を用意することがあります。ご当地のキーホルダーや名産品など、それぞれの好みに合わせて選ぶことでしょう。
パウロは、初めて行くローマの教会の人々に、キリストの祝福をお土産として届けようとしました。神様から与えられた恵みの証を分かち合うことこそ、何よりの贈り物だと知っていたのです。「あの場所で困難もあったけれど、同時に人の優しさと、神様の確かな支えをいただきました。」そして、彼の旅の計画は、ローマで終わらず、さらにスペインへと喜びの知らせを伝えるものでした。そして祈りと支援を求め、共に福音の働きに招いたのです。祈りの輪で結ばれる時、誰かの働きは自分の体の一部分となっていきます。
私たちも一週間の歩みを終えて、神のもとにお土産を持って集います。それは感謝と祈り、主の愛に根ざした言葉や行動、自分一人では成し得なかった主の御業です。そのような私たちの心と体を、主は喜んで受け取ってくださいます。そして自分では気づかない心のほころびも、隣人の励ましや指摘によって整えられていきます。互いに支え合い、戒め合う中、喜びと平和の主による祝福が満ち溢れることでしょう。
音声メッセージ
- 杉本拓哉牧師

- 2025年8月10日
- 読了時間: 2分
ローマの信徒への手紙15章1-13節
神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。

私たちは、違いに敏感です。体格や肌の色、言葉遣いや考え方が自分と異なると、無意識に線を引いてしまうことがあります。しかし、もしも全てが同じだったとしたら、問題はなくなるのでしょうか。そもそも、私たちの間にある違いは何のためにあるのでしょう。経済力・学力・文化・習慣・環境等の違いは、時に高い壁のように思えます。しかし、自分と異なる人を排除していけば、最後には自分一人だけになってしまいます。むしろ、違いを恐れずに受け入れ、一歩ずつ歩み寄る時、互いを生かす豊かさが芽生えていくのでしょう。違いの中でぶつかることもあります。しかしその時にこそ、弱さを補い合い、強さを励まし合う隣人と出会うのではないでしょうか。
パウロは聖書を通して「忍耐と慰めを学び、希望を持ち続けることができる」と語ります。それは、神ご自身が、人間の弱さと共に歩み、愛するがゆえに忍耐し続けてくださったからです。親が子の成長を見守るように、神様は私たちの違いをも受け入れ、共に歩んでくださる方です。そして、私たちが違いを乗り越えて一つとなり、互いに支え合う時、そこにこそ神の栄光は現れます。それはやがて、一つの声となり、心からの賛美が主にささげられていくのです。
音声メッセージ
- 杉本拓哉牧師

- 2025年8月3日
- 読了時間: 2分
ローマの信徒への手紙14章1-23節
もう互いに裁き合わないようにしよう。むしろ、つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい。

相手と意見がぶつかったり、好みや価値観が異なったりすると、私たちは理解し合うことを諦めてしまいそうになります。そして、直接向かい合う代わりに、悪口を言ったり、軽蔑したり、裁いたりしてしまう、そのような弱さを私たちは抱えています。自分の考えとは違うという理由で誰かを排除し、傷つけていく先に、誰もが安心して過ごせる場所は生まれません。だからこそ大切なのは、互いの存在を認め合い、強さも弱さも受け入れていく姿勢です。その時、違いは豊かさへと変えられていくことでしょう。
聖書は、私たちが裁く側に立つのではなく、復活のイエスこそが裁きの座に着かれるお方だと語ります。そして主は、既に一つの決定をなされました。それは、私たちがどんなに不完全であっても、愛し、受け入れるという決断です。救い主は、信仰の弱さを抱えた私たちに寄り添い、隔たりを越えて、救いの道を開いてくださいました。だからこそ、私たちもまた、つまずきの種を取り除き、共に愛に生きる歩みへと招かれているのです。神の国は、違いを取り除いた場所ではなく、違いを越えて共に生きる中にあります。そこにこそ、神の義と平和と喜びとが満ち溢れていくのです。
音声メッセージ