ローマの信徒への手紙1章1-7節
キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから…神に愛され、召されて聖なる者となったローマの人たち一同へ。

メールやラインが身近になり、手紙の機会は減少しましたが、直筆に込められる温かさがあります。二千年前のイスラエルにおいて、手紙は羊皮紙に書かれ手渡しで配達されたので、今よりもっと貴重なものでした。自ずと文字にも想いが込められます。パウロは世界宣教の要所となる、ローマの信徒との交流を求め、信仰を証して、三つの観点から自己紹介の挨拶をします。
①私はキリスト・イエスの奴隷です。衝撃的な表現ですが、私たちも自身を支配している価値観があります。お金や権力、欲求や感情に従うならば、自分の主人としていると言えるでしょう。律法の奴隷であったパウロは、救い主により解放され、主に仕えることを選び取りました。②神の福音のために選び出された。パウロの選択は大切です。それと同時に、神様は目的のために人を選び用いられるのです。世界中の人々にキリスト・イエスの福音を宣べ伝えるため、パウロは選び出されたのでした。③召されて使徒となった。奴隷の身分であるにも関わらず、主は神の国の大使として、ご自身の代理人として、パウロを遣わします。全てのキリスト者もまた、救い主を自らの主人であると告白し、神の福音のために選び出され、恵みを受けて、それぞれの場所へと派遣されていくのです。
音声メッセージ
- 杉本拓哉牧師

- 2025年1月12日
- 読了時間: 2分
マタイによる福音書11章25-30節
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」

年末年始の忙しさを通過して、日常に戻る中で疲労感を抱えている方、進路や新しい挑戦に耐えきれない程の重圧を感じている方もおられるでしょう。身や心を削って、すり減ってしまうような日々を過ごしておられるかもしれません。疲れ果てる程に身体を酷使したり、目標に向かってプレッシャーに耐え忍んだりする私たちがいます。休むことを恐れ、安らぎ方も分からないのかもしれません。そのような人々に、主は優しく語りかけます。「誰でもわたし
の所に来なさい。休ませてあげよう。」
そして共に同じ軛(くびき)を負うように招くのです。軛という道具は、二頭の動物の首を一つに繋ぎ合わせます。その二頭が一つの仕事に向かう時、今まで以上の力を発揮する事が可能になります。主の招きは、私たちが抱え込んでいる重荷を、一緒に力を合わせて運ぼうと呼びかける声なのです。隣から熟練者のサポートを受けることにより、力の配分や動き方や休み方を学ぶことができます。そして他の誰にも分かってもらえないような心の痛みすら、主は共に背負ってくださいます。だから自分一人で苦しまなくて良いのです。そして、学びは真似ることに繋がります。主の懐にある平和と安らぎを、隣人と共に味わいましょう。
音声メッセージ
マタイによる福音書2章1-12節
星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。

現代社会では、極端な程に無駄を削減することを是としているようです。多くの人は支払ったお金や時間によって、どれだけのものを得られるのか、コスパやタイパを追求します。
クリスマスの場面では、イエスの誕生をお祝いしに学者たちが遠くからやってきます。東の国で占星術を専門としていた彼らは、無駄足になるかもしれない旅に出かけます。イスラエルまで千km以上、片道でも一カ月以上かかる旅程でした。費用も時間も労力も注ぎ込んで、占星術で知った「ユダヤに生まれた平和の王」を礼拝するために向かいます。争いが絶えない時代にあって、今までとは別の道を与える平和の王に出会いに行きました。
学者たちは星を通して、救い主の存在を信じていたのでしょう。喜びと希望に満たされた彼らの歩みを助けるように、星の光は足元を照らし、ついに一つの家まで導きます。扉の先には、母の懐で安心したイエスがおられました。目の前にいるのは、誰かの助けなしには生きていけない幼子です。それでも、この方こそ平和の王・私の主人であると信じ、ひれ伏して礼拝し、大切なプレゼントを贈りました。平和の王は、私たちのために、神との和解の道を与えるため、天から地上に出会いに来てくださいました。
音声メッセージ