- 杉本拓哉牧師

- 3月29日
- 読了時間: 2分
イザヤ書 40章1-11節
草は枯れ、花はしぼむがわたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。

あなたが一番頼りにしているものは何でしょう。会社や学校、能力や持ち物、自分自身や他者とのつながりかもしれません。しかし、残念ながら頼りにしていたものが崩されてしまうこともあります。災害や事故や倒産などによって、日常が一変してしまうことがあるのです。急激な変化がなかったとしても、時代の流れの中で、信頼が失われてしまうことも多々あります。それでは、本当に信頼できるものはどこにあるのでしょうか。
聖書は、人の繁栄を草花に例えながら、やがて枯れてしまうと語ります。だからこそ、語られる声に耳を傾け、永久に続く存在に目を留めよと指し示します。その方は罪と死の支配に囚われていた私たちを、代価を支払ってご自分のものとしてくださいました。死で終わらない、命の約束を与えてくださったのです。それだけでなく、恐れと不安に脅える民を養い、懐に抱き上げて、守り導いてくださるのです。私たちには先を見通す力はありません。それでも信頼に足るお方の約束が、私たちを主の平安で包み込んでくださるのです。そして今度は、この良き知らせを響かせる声となるように遣わされているのです。変わらない神の言葉に信頼して、新しい一歩を踏み出してまいりましょう。
音声メッセージ
ペトロの手紙一 3章8-22節
福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。

皆の心が一つに合わさる瞬間を想像してみてください。例えば運動会、合唱、学園祭などが思い起こされるかもしれません。しかし現実には、クラスでも、部署でも、教会でも、家庭でも、心を合わせることの難しさを私たちは知っています。全員がそれぞれ自己中心的に物事を進めるならば、対立や衝突を避けられません。自分の思いが理解されない苦しみの中で、孤立感を覚えることもあるのではないでしょうか。私たちは本当の意味で、何に結ばれて生きるのでしょうか。
イエス・キリストは一人ひとりに近づき、「あなたの苦しみも悲しみも知っている」と語りかけてくださいます。そして私たちとつながり、関係を結び、神様の子どもとして新しく生きる道へと導いてくださいます。聖書は、私たちが主の祝福を受け継ぐ者とされていると語ります。そしてその祝福を、互いに分かち合う者として生きるよう招いています。イエスは私の救い主だと告白する人は、バプテスマを受けます。バプテスマとは水に沈み、起き上がらされる儀式です。目に見える形で、キリストと共に死に、キリストと共に甦らされることを証します。この方に結ばれて生きるところに、新しい命があるのです。この幸いを、あなたも知ってみませんか。
音声メッセージ
- 杉本拓哉牧師

- 3月15日
- 読了時間: 2分
哀歌 3章18-33節
主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。それは朝ごとに新たになる。

押し寄せてくる大きな悩みは、まるで深い暗闇のようです。先行きが見えず、心が暗く感じることもあります。私たちの人生には、昼だけでなく夜を通らされることがあるのです。それでも、朝が来ない夜はありません。そして暗闇の恐れと不安を知っているからこそ、光のありがたさと恵みに気付くことができるのです。
聖書の預言者は、国が滅びた状況の中にありました。故郷も居場所も失われ、深い絶望を味わい、人生の真夜中と言えるような時でした。その暗闇の中で、希望の言葉が響き渡ります。全てを失ったと思えるような時にも、神の愛は尽きることがありません。どれほどつらい日々を過ごして来たとしても、神の憐れみは今日も新しく与えられます。この恵みは、一度きりではありません。私たちが気づかない時にも、神は今日という新しい朝を備えてくださっているのです。聖書の神は、遠くで見ているだけではありません。私たちの苦しみのど真ん中にまで来られ、希望の朝を備えてくださるのです。主の命に生かされて、今日という一日を歩みましょう。どれほど夜が深く感じられたとしても、神の慈しみと憐みは尽きることがありません。今日も明日も、神は新しい朝を備えてくださっているのです。
音声メッセージ