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箴言 3章1-12節
心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば/主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。



花材/若松・南天菊・菊
花材/若松・南天菊・菊

 新しい季節の始まり、私たちは「今度はこうしてみよう」「次はこの道を選ぼう」と計画を立てます。けれども現実は思うように進まず、迷ったり、間違えたりすることもあるでしょう。聖書の教えを大切にしたいと願っても、「神を愛し、隣人を愛すること」は簡単ではありません。ニュースを見れば、世界でも、学校でも、職場でも、家庭でも、思いやりより対立が、信頼より疑いが、柔らかな言葉より突き刺さる言葉があふれています。気づけば私たちも、神の愛と平和、慈しみとまことから遠ざかってしまうのです。

 み言葉は語ります。自分の経験や知識を拠り所にするのではなく、心を尽くして主を信頼せよ、と。自分は神ではないと認め、主人である神の想いに聞き従って歩むように。教会だけでなく、学校でも職場でも家庭でも、どんな時でも主と共に歩むように招かれています。迷いの中でも、失敗の中でも、主はあなたを見捨てずに、共に歩んでくださいます。私たちが完全だからではなく、主が慈しみとまことに富む方だからです。その手に歩みを委ねるとき、主はあなたの道を、ご自身の方向へとまっすぐに整えてくださいます。主と共に歩む日々、あなたは決して一人きりではありません。


音声メッセージ

士師記 2章8-23節
主は彼らのために士師たちを立て、士師と共にいて、その士師の存命中敵の手から救ってくださったが、それは圧迫し迫害する者を前にしてうめく彼らを、主が哀れに思われたからである。


 私たちが、安心して生きるために必要なものは何ですか。何を頼りにして生きているでしょう。健康・お金・仕事・住宅・人間関係・評価、もちろんこれらは大切です。しかし、神よりも頼りになるものでしょうか。それでも人は不安に陥ると、目に見えて結果が出るものに心奪われてしまいます。

 イスラエルの人々は、降雨と豊作を求めて偶像崇拝するようになりました。偶像のご利益を求めて、主なる神から離れ、従い歩む道を捨てたのです。それでも神は人々を見離されません。何度失敗しても、名前を呼び、立ち帰る道を備えられました。民のうめきに耳を傾け、士師というリーダーを遣わし、苦難から救い出されます。それぞれ弱さを抱えたリーダーでしたが、主は彼ら彼女らを通して、ご自身の愛と憐れみを現されました。私たちが神を捨てても、神は私たちを見捨てません。この主の愛が、イエス・キリストにおいて決定的に示されます。驚くべき喜びの知らせは、この地上に届けられたのです。特に疲れを覚えている人、迷いの中にいる人、生きづらさを抱えている人に、神の愛の手紙が届けられますように。主は今日も、あなたの名前を呼んでおられます。あなたを招くその声に、耳と心を澄ませてみませんか。


音声メッセージ


マタイによる福音書 18章15-20節
あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。


ポインセチア
ポインセチア

 人と人とが共に生きていれば、思いがぶつかり、心がすれ違い、関係がぎくしゃくしてしまうこともあります。分かってほしかった言葉が届かず、守りたかった関係を傷つけてしまうこともあるでしょう。家族や友人であっても、価値観の違いや誤解によって、距離が生まれ、孤独を抱えることがあります。

 教会は清廉潔白な人だけが集まる場所ではありません。むしろ、神様の赦しを必要とする者たちの集いです。聖書が「罪」と呼ぶものは、神と人を、人と人を引き離していく力です。私たちは問題を一人で抱え込み、解決どころか行き詰まってしまうこともよくあります。

 イエス・キリストは、壊れかけた関係に希望を灯し、孤独の只中に入って寄り添ってくださるお方です。プライドが邪魔して謝れなかった言葉も、赦せない心も、和解への小さなプロセスも、主は共に担ってくださいます。そして自分では祈れないという時、共に祈り、執り成してくれる存在がどれほど助けになるでしょうか。誰かと共に祈ることは、弱さや欠けを責めるのではなく、神の前で共に生きる交わりです。罪は私たちを引き離そうとしますが、神の愛はそれでも私たちを結び直し、繋ぎ合わせてくださいます。この祈りの交わりへ、あなたも招かれているのです。


音声メッセージ


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