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ローマの信徒への手紙15章1-13節
神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。


花材/野葡萄・百合
花材/野葡萄・百合

 私たちは、違いに敏感です。体格や肌の色、言葉遣いや考え方が自分と異なると、無意識に線を引いてしまうことがあります。しかし、もしも全てが同じだったとしたら、問題はなくなるのでしょうか。そもそも、私たちの間にある違いは何のためにあるのでしょう。経済力・学力・文化・習慣・環境等の違いは、時に高い壁のように思えます。しかし、自分と異なる人を排除していけば、最後には自分一人だけになってしまいます。むしろ、違いを恐れずに受け入れ、一歩ずつ歩み寄る時、互いを生かす豊かさが芽生えていくのでしょう。違いの中でぶつかることもあります。しかしその時にこそ、弱さを補い合い、強さを励まし合う隣人と出会うのではないでしょうか。

 パウロは聖書を通して「忍耐と慰めを学び、希望を持ち続けることができる」と語ります。それは、神ご自身が、人間の弱さと共に歩み、愛するがゆえに忍耐し続けてくださったからです。親が子の成長を見守るように、神様は私たちの違いをも受け入れ、共に歩んでくださる方です。そして、私たちが違いを乗り越えて一つとなり、互いに支え合う時、そこにこそ神の栄光は現れます。それはやがて、一つの声となり、心からの賛美が主にささげられていくのです。


音声メッセージ


ローマの信徒への手紙14章1-23節
もう互いに裁き合わないようにしよう。むしろ、つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい。


花材/観音竹・菊
花材/観音竹・菊

 相手と意見がぶつかったり、好みや価値観が異なったりすると、私たちは理解し合うことを諦めてしまいそうになります。そして、直接向かい合う代わりに、悪口を言ったり、軽蔑したり、裁いたりしてしまう、そのような弱さを私たちは抱えています。自分の考えとは違うという理由で誰かを排除し、傷つけていく先に、誰もが安心して過ごせる場所は生まれません。だからこそ大切なのは、互いの存在を認め合い、強さも弱さも受け入れていく姿勢です。その時、違いは豊かさへと変えられていくことでしょう。

 聖書は、私たちが裁く側に立つのではなく、復活のイエスこそが裁きの座に着かれるお方だと語ります。そして主は、既に一つの決定をなされました。それは、私たちがどんなに不完全であっても、愛し、受け入れるという決断です。救い主は、信仰の弱さを抱えた私たちに寄り添い、隔たりを越えて、救いの道を開いてくださいました。だからこそ、私たちもまた、つまずきの種を取り除き、共に愛に生きる歩みへと招かれているのです。神の国は、違いを取り除いた場所ではなく、違いを越えて共に生きる中にあります。そこにこそ、神の義と平和と喜びとが満ち溢れていくのです。


音声メッセージ


ローマの信徒への手紙13章1-14節

人を愛する者は、律法を全うしているのです。


花材/鶏頭・りんどう・ソリダスター・オリズルラン
花材/鶏頭・りんどう・ソリダスター・オリズルラン

 マザー・テレサは、もっとも貧しい人々に仕えることを神からの召命として受け取りました。インド・コルカタで、死に行く人々や、誰からも見捨てられた人々の世話を始め、名前を呼び、身体を洗い、相手の宗教を尊重して弔いを行いました。最後の瞬間まで、その人が神の愛を感じられるように仕えて寄り添ったのです。その働きはやがて社会福祉として政府からも認められるようになりました。

 聖書は「隣人を自分のように愛しなさい」と語りますが、簡単ではないことを私たちはよく知っています。人から命じられた義務感では心が乾き、やがて疲れ果ててしまうでしょう。パウロが語る福音は、まず初めに神が与える救いの喜びがあり、そして次に救われた者として神の愛に生きるようにと招くのです。返しきれない程の恵みを受けたからこそ、神へ恩返しをするかのように、隣人に愛を伝えるのです。それは今までとは異なる歩み、主にある新しい命と言えるでしょう。なぜなら、自分自身の言葉や行動が、だんだんと主に似たものへと変えられていくからです。イエスの愛と赦しを受け取る中、月が太陽の光を受けて輝くように、私たちも光を放つように変えられていきます。それが光の武具なるイエス・キリストを身にまとい、愛によって律法を全うする生き方となるのです。


音声メッセージ

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