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平和宣言
- 杉本拓哉牧師
- 2020年8月16日
- 読了時間: 2分
更新日:2024年11月20日
詩編85:1-1
わたしは神が宣言なさるのを聞きます。
主は平和を宣言されます。

「シャローム」とはヘブライ語で「こんにちは」等と訳される挨拶の言葉です。
そこには、「あなたの上に平和・平安がありますように」という意味が込められています。
2020広島平和宣言は「連帯」をテーマに語られました。1947広島平和宣言を見てみると、戦争の根本的否定と平和の熱烈なる希求が『平和宣言』として決意の言葉となって表されたように読み取れます。どこが同じで、どこに違いがあるのでしょうか。私は二つを読み比べ、現代が平和を宣言出来ない状況にあるように思いました。パンデミック、それぞれが抱えているストレス、いじめ、差別、死、今も続いているシリアでの戦争…。
詩編の詩人も、私たちと同じように、平和ではない只中に居ました。神さまに助けを求めていました。そして、主の言葉を聞くために沈黙の時を持ちます。唐突に、一方的に、神さまは宣言します。『主は平和を宣言されます』。主が、私たちに、平安あれと語られる。平和宣言は、人々が再び愚かなふるまいに戻らないためです。広島平和宣言も慰霊碑の前で宣言します。「安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから」と。
私たちの状況に関わらず、主が平和を宣言される。主に平和がある。正義の雨は天から注がれ、主への信頼は地上から芽生える。だからこそ私たちも、人々と連帯し、主に連帯し、平和の一歩を、平和の宣言をしてまいりましょう。「シャローム」