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イエスは祈る

執筆者の写真: 杉本拓哉牧師杉本拓哉牧師

更新日:2024年11月24日


マルコによる福音書 1章35-39節

朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。



花材/青木・ストック・タマシダ
花材/青木・ストック・タマシダ

 私たちはどのような時に祈るでしょうか。「苦しい時の神頼み」という言葉のように、思いがけないトラブルや、自分の力では成し得ない困難な状況、特に命の危機を前にした時、神様に助けを願い求めるのかもしれません。それはキリスト教に限らず、他の宗教においても同様でしょう。そのため、祈りとは自らの欲求を満たすための行動であると、誤解されているように思います。

 多くの信仰者が祈りについて、畏れつつ言葉にしています。祈りとは、イエス・キリストとの一致である。祈りによって、神の愛を知り、喜びにあふれる。祈りという沈黙の中、神は語られる。祈りを通して、神を信頼する。祈りは、素直な心で委ねること。祈りによって、仕えていく愛と情熱をイエスからいただく。

 イエスは祈られました。祈りを後回しにせず優先事項としています。時間と場所を確保し、神様とのコミュニケーションを大切にしました。そしてイエスは、使命に立ち返ります。自分のもとに来ることが出来ない人々の所にまで、自ら出かけて行ったのです。主によって遣わされて行ったのです。私に出会ってくださったイエスは、今度は隣人にも出会いに行こうと招いておられるのです。


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