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執筆者の写真杉本拓哉牧師

聖書を調べる?!

更新日:11月20日

使徒言行録 17章1-15節
ここのユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。

花材/南天・スプレー菊
花材/南天・スプレー菊

 人には正義感があります。それに反する出来事に直面する時、正面から向き合うこともあれば、避けることも選択肢となります。キリスト教の最初期、信者は迫害に遭い、逃げた先々で福音を宣べ伝えていきました。パウロもイエスに出会う前は、キリスト教徒を迫害しました。自分の聖書理解や信仰からかけ離れた“間違った教え”を放置することはできず、正義感から行動していたのでしょう。

 パウロたちがヨーロッパ伝道をしている時、福音を受け入れる人もいれば、拒絶して迫害する人も出てきました。同じ聖書を読んでいても、正反対の行動があらわれたのです。もしかしたらこの違いは、聖書の読み方、その姿勢にあるのかもしれません。ある町の人々は、素直に熱心に聖書を調べていました。神様の正しさを求め、今の自分に何が語られているのかを、聖書から聞いていったのです。また別の町の人々は、今までの価値観を絶対化してしまったのでしょう。自分の正しさを後押しするものとして、聖書を引用することも可能なのです。つまり、神様を中心に自分が近づいていくのか、自分を中心に神様を合わせようとするのか、僅かなようで大きな違いがあります。今も生きておられる神様にたえず聞いてまいりましょう。


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