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義と認められた
- 杉本拓哉牧師
- 3月9日
- 読了時間: 2分
ローマの信徒への手紙4章1-25節
わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。

旧約聖書の主要人物として、アブラハムとダビデがいます。前者は神が約束された土地に移り住むため旅立った、信仰と契約を象徴する人物。後者はイスラエル二代目の国王で、国家としての基礎を確立し、王と預言者を兼ね備えた人物。そしてどちらもイエスの系図に名を連ねています。
パウロは聖書を引用して、神から義と認められた彼らの共通点を示します。アブラハムは夫婦共に高齢となり、子どもを宿せない状態でした。しかし神の約束の言葉を信じて義と認められ、息子が与えられました。ダビデは部下の妻を権力によって支配し、更にその罪を隠蔽するために部下を戦死させたのです。そのような罪を犯した者は死罪であると、ダビデ自身が認めましたが、神に悔い改め義とされ、罪は覆われ赦されたのです。両者は神から義と認められ、死からの命が与えられました。
神から義と認められるとは、契約が正しく守られている状態であり、関係性が回復し、あるべき姿に戻されることです。イエス・キリストは罪の赦しを与えるために十字架の死に渡され、人々を義とされるため復活の命にあずかりました。神の恵みの言葉は、今日も私たちを死から命の希望へと招いてくださるのです。
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