top of page
使徒言行録 21 章 17-40 節
あなたは異邦人の間にいる全ユダヤ人に対して、『子供に割礼を施すな。慣習に従うな』と言って、モーセから離れるように教えているとのことです。


花材/バンクシャ・シンビジュウム
花材/バンクシャ・シンビジュウム

 相手と理解し合うのは、そう簡単なことではありません。誤解される悲しみに直面することや、逆に勘違いや思い込みから誤解してしまうこともあるでしょう。すれ違いを解消しようとしても、人の数だけ正しさはあります。それでも無理矢理に、自らの正しさに相手を合わせようとするならば、誰かが傷付く結果が待っています。

 パウロは何度も誤解を受けました。熱心に律法を守るクリスチャンからは、パウロが律法を蔑ろにしていると思われていました。なぜならパウロは律法に正しく生きることが救いの条件ではなく、イエス・キリストの恵みによる救いを語り伝えていたからです。それでも彼は、ユダヤ人が律法を大切に守ることも、異邦人が律法ではない形で神様に応答することも、どちらも尊重していたのです。他にも、人違いをされて暴力を振るわれたことも、犯罪者に間違えられて逮捕されたこともあります。それでも彼は、相手の思いに寄り添いながら行動しました。絡まった糸がほぐれ理解し合える着地点は、自分の正義を手放した先にあります。それは短絡的に相手に合わせることではなく、心を神様に近づけていくことです。その中にこそ、主の栄光と御業は現わされるのではないでしょうか。


音声メッセージ

使徒言行録 21章1-16節
わたしたちは、「主の御心が行われますように」と言って、口をつぐんだ。


花材/オリヅルラン・プルメリア・シンビジュウム
花材/オリヅルラン・プルメリア・シンビジュウム

 教会用語で「御心」という言葉があります。神様の心という意味ですが、クリスチャンは聖書を読んだり、祈りを献げたりする中で、神様の思いを尋ね求めます。親しい関係の相手でも、言葉にしなければ思いは伝わらないものです。思い込みは、すれ違いのもとであることは言うまでもありません。コミュニケーションが大切であることは、神様との関係においても同様です。

 時に神様は、預言として将来起こり得る可能性を伝えたり、幻を通してビジョンを見せたりすることがあります。パウロと幾人かの人々に、聖霊の導きにより一つの幻が与えられました。それはエルサレムでパウロが捕らえられ、苦難に遭うというものでした。全く嬉しくない将来の展望です。友人たちはパウロを引き留めますが、パウロは命よりも大切なものを見つめ、突き進もうとします。たとえ命を失うとしても、イエス・キリストの福音が届けられることに価値を見出だしていたからです。友の命を惜しみ、引き留めるのも愛であり、主からの使命に生きることも愛です。愛が対立しているような中にあって、自分の思いだけでなく、相手の思いだけでなく、「御心がなりますように」と、神様の思いのもとに一致する祈りが献げられました。


音声メッセージ

使徒言行録 20章17-38節
神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。


ジャーマンアイリス・イチハツ・ゼラニウム・フリージア
ジャーマンアイリス・イチハツ・ゼラニウム・フリージア

 自分の最期の時が分かったならば、大切な人に何を伝えるでしょうか。使命のため命を献げる時が近づいて来たことを、本人は知っています。そこで語られていく言葉は、命輝く遺言とも言えるでしょう。古今東西、時代の変革期には使命に生きる人が現れます。しかし現代の私たちにとって、そのような人は映画や小説の中にだけ見出す程に、リアリティの無いものとなっているのではないでしょうか。

 イエス・キリストは命を懸けて、十字架上で救いの道を拓かれました。パウロはこの命と出会う中で、恵みの福音を宣べ伝えます。宣教師や牧師や信者一人ひとりもまた、主にある命にあずかり、この豊かな命を分かち合うのです。どこか遠くの物語が、自分に向けて書かれた手紙であることを知る時、命の言葉はリアリティをもって迫ってきます。それは人によってなるものではなく、今も生きて働いておられる神の主権の中にあります。だからこそ教会は、神と恵みの言葉であるイエス・キリストと導き手である聖霊なる神に身を委ねます。主が一人ひとりを造り上げ、使命を与え、それぞれの生活のただ中に派遣してくださることを知っているからです。


音声メッセージ

江波キリスト教会 〒730-0834 広島県広島市中区江波二本松1丁目10−26 TEL:(082)231-4561

©2021 by 江波キリスト教会。Wix.com で作成されました。

bottom of page